
前回は、インフルエンザウイルス表面に存在するヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)の構造や働き、変異についてご紹介しました。
今回は、インフルエンザウイルスの宿主を決めるうえで重要な、N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)とN-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)という2つの代表的なシアル酸分子種について解説します。
宿主によって異なる2つのシアル酸分子種
インフルエンザAウイルスの宿主動物は、標的となる組織の細胞表面に、それぞれの動物種に特徴的なシアル酸誘導体を発現しています。
代表的な分子種として、シアル酸のC-5位にある構造の違いにより、N-アセチルノイラミン酸(Neu5Ac)とN-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)が存在します。
Neu5Gcはウシ、ブタ、ウマなど多くの哺乳動物に発現しています。一方、ヒトやフェレットでは、CMAH(CMP-N-acetylneuraminic acid hydroxylase)遺伝子の機能が失われているため、Neu5Gcを体内で合成できません。
インフルエンザウイルスのヘマグルチニン(HA)は、α2-3やα2-6といった結合様式だけでなく、Neu5AcとNeu5Gcというシアル酸分子種の違いも識別します。
ヒトウイルスとウマウイルスの受容体特異性
ヒト由来のインフルエンザAウイルスは主にNeu5Acを認識しますが、Neu5Gcを多く持つウマの体内では、効率よく増殖できません。
この違いの分子基盤を解析したところ、ヒトウイルス株A/Udorn/307/72(H3N2)は、Neu5Acα2-6Galを認識しますが、Neu5Acα2-3GalやNeu5Gcα2-3Galには結合せず、ウマでは複製できませんでした。
一方、ウマウイルス株A/equine/Kentucky/1/91(H3N8)は、Neu5Gcα2-3Galを認識し、ウマの気道で増殖しました。
ウマの気管上皮にはNeu5Gcα2-3Galが豊富に存在しています。このことから、インフルエンザウイルスは、宿主が持つシアル酸の分子種と、α2-3やα2-6といった結合様式の両方に適合した受容体特異性を持つことが示されました。
HAの変異で認識する分子種が変わる
次に、HAに生じるアミノ酸変異によって、受容体認識がどのように変化するかを解析しました。
ヒトウイルス株A/Memphis/1/71(H3N2)はNeu5Acには結合しますが、Neu5Gcには結合しません。そこで、このウイルスのHAに点変異を導入したところ、Neu5Gcにも結合できる変異体の作製に成功しました。
特に、HAの143番、155番、158番のアミノ酸残基がNeu5Gcの認識に関与していることが分かりました。なかでも、155位のスレオニン(T)からチロシン(Y)への変異と、158位のグルタミン酸(E)からグリシン(G)への変異によって、Neu5Gcへの結合能力が高まることが明らかになりました。
このように、HAのわずかなアミノ酸変異によって、ウイルスが認識するシアル酸分子種が変化することがあります。
Neu5Gcは感染を妨げる「偽受容体」
では、Neu5Gcに結合できるようになれば、ウイルスはNeu5Gcを持つ細胞に感染できるのでしょうか。
この点を確かめるため、Neu5Gcを発現するヒト細胞モデルを用いて解析を行いました。その結果、Neu5Gcに結合できるウイルスであっても、Neu5Gcを発現する細胞では、感染性がむしろ低下しました。
さらに、Neu5Gcへの結合性を持たせた変異ウイルスでも感染効率は著しく低下し、ウイルスは細胞表面には結合するものの、その後の細胞内への侵入が阻害されていることが示されました。
これらの結果から、Neu5Gcはウイルスと結合はするものの、感染開始に必要な真の受容体としては機能せず、むしろ感染を妨げる「偽受容体」として作用する可能性が示唆されます。
この現象はヒト細胞だけでなくブタ細胞でも確認されており、哺乳動物に共通する感染制御機構である可能性があります。また、ヒトの気道には食事由来のNeu5Gcが微量に存在する可能性があり、感染感受性の個人差に影響することも考えられます。
C型・D型が利用するアセチル化シアル酸
インフルエンザウイルスにはA型、B型のほかに、C型とD型があります。
C型およびD型インフルエンザウイルスは、A型やB型とは異なり、アセチル化シアル酸を受容体として利用します。代表的な分子は、9-O-アセチル-5-N-アセチルノイラミン酸(Neu5,9Ac₂)です。
ヒトで感染が確認されているのは主にC型です。一方、D型はウシやブタなどから分離されており、ウシ呼吸器病症候群(BRDC:Bovine Respiratory Disease Complex)との関連が指摘されています。
近年発見されたD型インフルエンザウイルスは、Neu5,9Ac₂だけでなく、9-O-アセチル化Neu5GcであるNeu5,9Gc₂にも結合することが明らかになっています。
D型インフルエンザウイルスは2013~2014年にアメリカでブタから初めて報告され、その後、世界各地へ広がりました。現在では、特にウシの呼吸器疾患に関係するウイルスの一つと考えられています。
これまでヒトでの明確な感染例は報告されていませんが、ヒト気管支上皮細胞へ感染できることが確認されています。また、ウシと日常的に接触する人から高い割合で抗体が検出されており、職業上の曝露によって感染している可能性も考えられます。
シアル酸分子種がウイルスの宿主域を左右する
Neu5Gcを含む糖鎖に結合するウイルスとしては、ウマインフルエンザウイルス、一部の鳥インフルエンザウイルス、イヌ・ネコパルボウイルス、ブタインフルエンザウイルスなどが報告されています。
自然界には50種類以上のシアル酸分子種が存在します。その中でも、Neu5AcとNeu5Gcの違いは、ウイルスがどの動物に感染できるのかを左右する重要な要素です。
さらに、シアル酸の分子種だけでなく、α2-3やα2-6といった結合様式、宿主組織における分布、HAのアミノ酸配列などが組み合わさることで、ウイルスの宿主域、伝播性、病原性が決まります。
これらの仕組みを理解することは、動物からヒトへの感染やパンデミック発生の可能性を考えるうえで重要です。また、ウイルスとシアル酸の相互作用を標的とした治療薬や、新しい感染予防技術の開発にもつながる重要な研究基盤となります。
静岡県立大学名誉教授・鈴木康夫
高橋忠伸、インフルエンザウイルスが結合する糖鎖分子の機能解明 ウイルス 第66巻 第1号,pp.101-116,2016.