のどの奥では何が起きている?粘液と線毛が異物を運ぶ仕組み
空気を吸い込んだとき、ほこりや微生物は、そのまま肺の奥まで入っていくのでしょうか。
実は、私たちの気道には、吸い込んだ異物をとらえ、運び出す仕組みが備わっています。その中心となるのが「粘液と線毛」です。
粘液が異物をとらえ、線毛が粘液ごとのどの方向へ運ぶ。この働きは、呼吸器を守る防御機能の一つです。
普段は意識することのない、体の中の小さな働き。今回はその仕組みと、粘液に含まれる成分がウイルスとどのように関係しているのかを見ていきましょう。
粘液と線毛が異物を運ぶ仕組み
私たちは呼吸をするたびに、外の空気を体内へ取り込んでいます。空気には酸素だけでなく、ほこりや花粉、細菌、ウイルスを含む粒子なども混じっています。
こうした異物がすべて肺の奥まで届くわけではありません。
鼻の奥から気管、気管支などにかけての気道には、異物をとらえて運び出す仕組みがあります。
これを「粘液線毛クリアランス」といいます。
粘液が異物をとらえ、線毛が粘液を運ぶ。いわば、気道に備わった「自動おそうじ」のような仕組みです。
ただし、のど全体が線毛で覆われているわけではありません。線毛は、鼻の奥や気管・気管支など、呼吸の通り道の特定の部分に存在しています。
粘液は異物をとらえる役割を持つ
粘液というと、鼻水や痰などを思い浮かべるかもしれません。
しかし、粘液は体調が悪いときだけに現れるものではありません。健康な状態でも、気道の表面には粘液の層が存在しています。
この粘液には、「ムチン」と呼ばれる糖タンパク質が含まれています。ムチンは、粘液特有の粘りや弾力を生み出す重要な成分です。
粘液の層は、吸い込まれたほこりや微生物などをとらえ、気道の細胞表面に直接触れる機会を減らす役割を担っています。
ただし、異物をとらえたまま、その場所にとどめておけばよいわけではありません。
そこで必要になるのが、異物を含んだ粘液を移動させる働きです。
線毛は粘液をのどの方向へ運んでいる
線毛は、気道の表面にある細胞から伸びた、非常に細い毛のような構造です。
一本ずつ勝手に動くのではなく、周囲の線毛とタイミングをずらしながら、波のように協調して動いています。
この動きによって、異物を含んだ粘液が少しずつ移動します。
気管や気管支では、粘液は肺の奥からのどの方向へと運ばれていきます。
のどまで運ばれた粘液は、無意識のうちに飲み込まれたり、痰として吐き出されたりします。
つまり、咳をしていないときでも、気道では異物を取り除くための働きが続いているのです。
なお、線毛が粘液を少しずつ運ぶ働きと、咳によって勢いよく分泌物を排出する働きは、異なる仕組みです。

乾燥すると粘液と線毛はどうなる?
粘液線毛クリアランスが十分に働くためには、気道表面の水分状態も重要です。
線毛の周囲には水分を含んだ層があり、その上に粘液の層が存在しています。
この水分が適切に保たれることで、線毛が動きやすくなり、粘液も運ばれやすくなります。
一方、気道表面の水分が不足すると、粘液が動きにくくなったり、線毛の動きが妨げられたりすることがあります。
厚生労働省は「令和7年度 急性呼吸器感染症(ARI)総合対策に関するQ&A」の中で、空気が乾燥すると気道粘膜の防御機能が低下すると説明しています。
また、乾燥しやすい室内では、加湿器などを使って湿度を50〜60%に保つことも対策の一つとして挙げています。
ただし、湿度を保てば感染を防げるというわけではありません。
手洗いや換気、咳エチケットなどの基本的な感染対策とあわせて考えることが大切です。
粘液に含まれる「糖鎖」と「シアル酸」
ここまで、粘液が異物をとらえ、線毛がそれを運ぶ仕組みについて紹介しました。
実は、粘液にはもう一つ注目したい特徴があります。
粘液の主要な成分であるムチンには、糖が鎖のようにつながった「糖鎖」が多数結合しています。
そして、その糖鎖の末端に存在することがあるのが、「シアル酸」という糖の一種です。
シアル酸は、粘液だけでなく、私たちの細胞表面などにも広く存在しています。
糖鎖は、細胞同士の認識をはじめ、さまざまな生命活動に関わっています。一方で、一部のウイルスが細胞に結合する際にも利用されます。
つまり、粘液は異物を物理的にとらえるだけでなく、その成分である糖鎖がウイルスと相互作用する場合もあるのです。
なお、ムチンやシアル酸は、口の中を潤す唾液にも関係しています。
関連記事:朝起きると口が乾いているのはなぜ?唾液が口の中でしていること
インフルエンザウイルスとシアル酸の関係
インフルエンザウイルスの表面には、「ヘマグルチニン(HA)」と呼ばれるタンパク質があります。
HAは、細胞表面にある特定のシアル酸糖鎖を認識して結合します。これは、ウイルスが細胞へ侵入するための重要な段階です。
一方、粘液中のムチンにも、シアル酸を含む糖鎖が存在します。
ウイルスが細胞に到達する前に、粘液中の糖鎖に結合することもあり、こうした糖鎖はウイルスを捕捉する「おとり」のように働く場合があると考えられています。
ただし、インフルエンザウイルスには、シアル酸を切断する「ノイラミニダーゼ(NA)」という酵素もあります。
NAは粘液中の糖鎖からシアル酸を切り離し、ウイルスが粘液の層を通過する働きにも関係しています。

このように、シアル酸は存在する場所やウイルスとの相互作用によって、異なる役割を持ちます。
なお、すべてのウイルスがシアル酸を利用して細胞に侵入するわけではありません。
予防研では、こうしたウイルスとシアル酸糖鎖の結合に着目し、ウイルスが標的細胞へ結合するのを妨げる物質の研究開発に取り組んでいます。
この研究は、ウイルスの感染機構を利用した新たな予防手段の開発を目指すものです。一般の生活で使用した際の感染予防効果を保証するものではありません。
詳しくは、下記研究解説をご覧ください。
粘液と線毛は、気道を守る仕組みの一つ
普段、呼吸をしているときに、粘液や線毛の働きを意識することはほとんどありません。
しかし気道では、粘液が異物をとらえ、線毛がそれを運び出す働きが続いています。
さらに、粘液に含まれるムチンやシアル酸糖鎖に目を向けると、ウイルスと細胞の結合という、より小さな分子の世界までつながってきます。
もちろん、こうした防御機能だけで感染を完全に防げるわけではありません。
外から入ってくる異物を減らすことと、体に備わった防御機能の働きを知ること。その両方の視点を持つと、手洗いや換気など、日頃の感染対策の意味も理解しやすくなるのではないでしょうか。
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参考資料
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https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5378048/ - Whitsett JA. Airway Epithelial Differentiation and Mucociliary Clearance. Annals of the American Thoracic Society. 2018.
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https://doi.org/10.1186/1743-422X-10-321 - 厚生労働省「令和7年度 急性呼吸器感染症(ARI)総合対策に関するQ&A」Q15
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/infulenza/QA2025.html - 一般財団法人ウイルス感染予防研究所「シアル酸糖鎖物質とは?ウイルス感染とのかかわり」鈴木康夫
https://yobouken.com/kenkyu-0/









